東京高等裁判所 昭和32年(て)9号 決定
請求人 牛島定
〔抄 録〕
本件請求の要旨は、本件は「弁護士である被告人が千葉地方裁判所の裁判官である石井麻佐雄氏の名誉を毀損した」という公訴事実について審理裁判する事件であり、告訴人である右石井裁判官は、昭和二十一年頃から千葉地方裁判所刑事第一部の裁判長判事同裁判所上席判事の職にあるものである。石井裁判官が、千葉地方検察庁に本件の告訴をなし、新聞ラジオ等が、告訴の事実を報道したとき、石井裁判官の「――私ばかりではなく、部内の者がみんな憤慨し、私個人の名誉を傷つけたばかりでなく、司法権の威信をそこねた」という談話が発表されたが、先に述べたような告訴人の裁判所における地位に加えて、このような事情のあることは、一般人に裁判の公平についての疑惑を持たしめる恐れがある。本件の審理においては、伊藤勝外二名に対する傷害致死等被告事件(養老の子守り殺し事件)の第一審公判審理の状況及び石井裁判官等と千葉県警察本部捜査一課員との会合の事情等が、立証されることが予想される。そうなると、千葉地方裁判所の裁判官をはじめ書記官、事務官等が、証人として尋問を受けることになる。裁判所に勤務するものが、同一の裁判所で証人として証言するということでは、一般人に本件裁判の公平性についての疑問を生じさせる。以上述べたように、本件を千葉地方裁判所において審理するならば、地方の民心訴訟の状況等の事情によつて裁判の公平を維持することのできない恐れがあるといわねばならない。(勿論担当裁判官の心理的事情を云々するものでなく、客観的観察の面から審理に障害があるとの見解に立つものである。)以上の理由により憲法第三十七条第一項、刑事訴訟法第十七条第二項第一項第二号に基き、訴訟関係者の便宜、訴訟の状況を考慮し、本件の管轄を東京地方裁判所に移転せらるべく、本請求に及ぶものであるというにある。
よつて本件記録その他関係資料に基き考察するに、本件を千葉地方裁判所において審理するときは、本事件の事案の態様、本事件発生の経緯その他各般の事情に照らし裁判の公平を維持することのできない虞があり刑事訴訟法第十七条第一項第二号に該当する理由が存在するものと認められる。
よつて本請求を理由ありと認め、主文のとおり決定する。
(大塚 渡辺辰 江碕)